東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所

物質理工学院応用化学系 原子核工学コース/応用化学コース
環境・社会理工学院融合理工学系 原子核工学コース

鷹尾研究室

Tel & FAX: 03-5734-2968
E-mail: ktakao@zc.iir.isct.ac.jp (旧:東工大アドレスでも届きます)

研究内容

鷹尾研究室では、ウランをはじめとしたアクチノイド元素および様々な関連元素の錯体化学および溶液化学に基づき、いわゆる【核のゴミ】である使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物などの適切な処理・処分ならびに資源化を目指しています。昨今、原子力にまつわるニュース・話題として例えば廃炉・廃止措置・放射性廃棄物処理および処分など、どちらかというと一般にはネガティブな印象を生むワードを含むものが多い点が否めません。原子力エネルギーの恩恵を享受してきた現代社会全体の責任としてこれらの課題に取り組んでいかなければならないのは確かですが、最初から後始末に特化した研究開発だけではどうしても魅力に欠けてしまいます。これからの社会を担う将来ある若い世代の学生さん達には、単に応用だけでなく重要な基礎研究・学究の場である大学ならではの研究として、学術的価値が高くかつ将来の展望が大いに期待出来る夢のある研究テーマに楽しく(重要!)取り組んでもらいたいと考えています。


Perspective論文、"How does chemistry contribute to circular economy in nuclear energy systems to make them more sustainable and ecological?" Dalton Trans. in press. doi:10.1039/D3DT01019Hより.

1. 核燃料物質の持続的確保

1-1. 核燃料物質選択的沈殿法(Nuclear Fuel Materials Selective Precipitation, NUMAP法)に基づく使用済み核燃料簡易再処理技術の開発

今後ますます増加する世界のエネルギー需要を満たす上で、使用済み核燃料の再処理および核燃料サイクルの実現が重要と考えます。我々が見出したN-アルキル-2-ピロリドン(NRP)や架橋ピロリドン(DHNRP)等の環状アミド化合物が硝酸水溶液からアクチノイド6価および4価を選択的かつ効率的に沈殿させる現象に基づき、使用済み核燃料に対する簡易再処理技術基盤構築のための基礎研究を実施しています。

使用済み核燃料に含まれる核分裂生成物(FP)等からウランやプルトニウム等核燃料としてまだ使用可能な物質を分離・回収し、それらを新燃料としてリサイクルすることが「再処理」の目的です。我々はこれまでに様々なNRPやDHNRPを開発し、使用済み核燃料簡易再処理技術の開発を行ってきました。【図中】に示したように、ウランと模擬FPを含む硝酸水溶液にNRPを加えると、ウランのみが選択的に淡黄色粉末として沈殿します。これに対し、模擬FPについてはNRP添加後も上澄み液に溶解した状態が保持されます。この結晶性沈殿中では、[O≡U≡O]2+という"ウラニルイオン"を軸としてその赤道面上に2個の硝酸イオン(NO3-)および2個のNRP分子がトランス型に配位した錯体構造を示します。この構造はウランを初めとした高酸化数アクチノイドに特有であり、その錯体化学的性質を活かすことにより硝酸水溶液からのNRP添加に伴うウランの選択的沈殿が達成されます。近年は架橋ピロリドン(DHNRP)を用いて硝酸ウラニル錯体を高分子化することにより、更なるウラン回収効率の向上を目指しています。【図右】は単結晶X線構造解析により明らかになった硝酸ウラニル配位高分子の分子構造の一例であり、期待通り[UO2(NO3)2]がDHNRPにより架橋されて1次元鎖を形成することを実証しました。このような錯形成および結晶性沈殿生成は核燃料物質にのみ特異的に見られる現象であり、これらを基本原理とする新しい高汎用性簡易湿式再処理技術として【核燃料物質選択的沈殿法(Nuclear Fuel Materials Selective Precipitation, NUMAP法)】を提案しています(総説:Eur. J. Inorg. Chem. 2020, 3443-3459)。

      

(左)沈殿剤となるN-アルキル-2-ピロリドン(NRP), 架橋ピロリドン(DHNRP)および硝酸アクチニル錯体(AnO2(NO3)2(NRP)2, An = U)の構造式. (中)模擬FP元素およびU(VI)を含む3 M硝酸溶液にNRP (R = iso-propyl)を加えた際の選択的U(VI)沈殿生成の様子. (右) DHNRPを含む硝酸ウラニル配位高分子の分子構造(青:ウラン, 赤:酸素, 紫:窒素, 灰色:炭素, Inorg. Chem. 2017, 56, 13530-13534.).

1-2. ウラニル錯体化学に基づく海水ウラン回収技術開発

海水中には3.3 ppb (= μg/kg)のウランが含まれています。ウラン濃度としてはごく微量ではあるものの、海水の量は莫大であるため、海水中に含まれるウラン総量は約45億トンにも上ります。これは地上ウラン資源の約1000倍に匹敵します。他の天然資源と同じくウランも枯渇性資源であるため、ウラン資源の将来的なリソースオプションとして海水ウラン回収技術の開発が日本をはじめ米国・中国などで行われています。鷹尾研究室では海水模擬水溶液中でのウランの錯体化学的性質・特徴に基づいてウランに対して特異的に配位するリガンドの分子設計, ウラニル錯体の合成とキャラクタリゼーション, 海水模擬条件下での錯形成の実証, リガンド骨格を導入した樹脂系吸着材の開発を進めています。 

 

2. 劣化ウラン有効活用

2-1. ウラン錯体化学の深化:余剰ウランの資源化および有効活用法開拓

核燃料製造時に大量に生成される劣化ウランや使用済み核燃料の再処理に伴って発生する回収ウランといったいわゆる「余剰ウラン」を単に廃棄物とするのではなく資源として利用することがより望ましいと言えます。原子力分野においては高速増殖炉のブランケット燃料や再度軽水炉核燃料としての利用がそれぞれ検討されていますが、同位体組成にほぼ依らないウランの化学的特性をうまく応用することで直接的な原子力以外の用途においても有効活用できるのではないかと考えられます。当研究室では、現状ほとんど使い道のない余剰ウランの資源化およびその平和的有効活用法を探索するため、例えばウランのルイス酸としての「硬さ」や光化学的性質に基づく有機合成反応における触媒活性の発現やイオン液体電解質を用いた夜間電力貯蔵用ウランレドックスフロー電池構築のための基礎研究など、長年培ってきたウランの錯体化学・溶液化学に基づく新たな機能およびポテンシャルの開拓を行っています。

  

可視光応答型酸素化光触媒としてのウラニル錯体の機能発現およびウラニル(VI)錯体中でレドックスノンイノセントなgha2-配位子.
(左: ACS Omega, 2019, 4, 7194-7199; 右: Inorg. Chem., 2014, 53, 5772-5780.)

3. マルチオプションを許容する放射性廃棄物処理

3-1. アクチノイド錯体化学に基づく高レベル放射性廃棄物地層処分のための技術基盤形成

ガラス固化された高レベル放射性廃棄物の超長期にわたる地層処分が現在検討されていますが、この技術基盤を形成するためには地層中でのアクチノイド元素を含む放射性核種の移行挙動を十分に理解しておく必要があります。最も妥当な経路は地下水との接触であると考えられるため、地下水を模擬した水溶液中におけるアクチノイド元素の錯形成挙動を解明することが重要になります。特にU, Np, Puなどはf電子系には珍しく多様な酸化状態を示し、また配位子として働きうる様々な無機・有機化合物が地下水中に存在するため、アクチノイド錯体化学は複雑を極めます。しかし、その中にも5f電子系特有の普遍性・系統性が内在しており、それらを様々な分析手法及び計算化学を駆使した多角的観点から明らかにすることによって、地層処分環境下でのアクチノイド錯体化学を極めることを目指しています。

近年、我々はTh(IV), U(IV), Np(IV)がカルボン酸もしくはアミノ酸類を含む水溶液中においてChevrel型正八面体構造を持つ6核錯体を生成することを明らかにしました。Np(IV)とギ酸及び酢酸の組については、安定度定数を求めることにも成功しており、不溶性のアクチノイド(IV)酸化物が生成するpH領域においてもこの6核錯体が安定に存在可能であることを見出しています。また、このような特徴的な複核錯体生成はアクチノイド4価に限ったものではなく、例えばZr(IV), Hf(IV), Ce(IV)などの4価金属イオンに共通する性質であることが近年明らかになってきています。また、このような構造はUiO-66等に代表される金属-有機構造体(MOF)のビルディングブロックでもあり、4価金属イオンの錯体化学に系統的な理解を与えることは基礎から応用に至るまで非常に重要であると考えています。

架橋グリシン及び3架橋オキソ/ヒドロキソ配位子から成るトリウム(IV)6核錯体(左)及びギ酸存在下における同様のNp(IV)6核錯体生成の様子(中: EXAFS動径構造関数のpH依存性, 右: 錯体分布図).
(Eur. J. Inorg. Chem. 2009, 4771-4775; Dalton Trans. 2012, 41, 12818-12823; Inorg. Chem. 2012, 51, 1336-1344.)

3-2. 難抽出性貴金属元素迅速溶媒抽出技術の開発

使用済み核燃料を再処理した後に発生する高レベル放射性廃液中にはありとあらゆる元素が混在しています。最終的にはガラスマトリックス中に安定固化した後に地層処分される予定ですが、ガラス固化の際にPd, Ru, Rhといった白金族元素が様々な問題を引き起こし得るため、その分離が重要とされています。溶媒抽出を利用したこれら白金族元素の分離が提案されていますが、Ru(III)およびRh(III)は非常に置換不活性であるため現実的なタイムスケール内での抽出剤との錯形成反応が進行しにくく、その結果抽出効率が高くないという課題があります。鷹尾研究室では、これら「難抽出性白金族元素」をマイクロ波照射や温度調整により活性化し、Ru(III), Rh(III)の溶媒抽出を劇的に加速することに成功しました。このような課題は自動車触媒や電子デバイス等に多く使われている貴金属元素のリサイクル、いわゆる「都市鉱山」の活用にも共通であることから、原子力分野のみにとどまらず資源化学などより広い分野への更なる発展が大いに期待されます。

       

 

3-3. 高レベル放射性廃棄物ガラス固化体湿式処理技術の開発

内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」において、現時点では10万年オーダーの超長期にわたる地層処分が必要な高レベル放射性廃棄物ガラス固化体から長寿命核種を再度取り出して核変換プロセスに乗せるための処理技術の開発を行っています。鷹尾研究室では、強酸性水溶液中で加熱することにより模擬ガラス固化体からガラス主成分や高レベル放射性廃棄物成分由来の様々な元素が溶出することを予期せずして見出しており、これに基づいて新たなガラス固化体湿式処理技術を提案するに至っています。この処理条件はガラス固化体の地層処分環境とはまったく異なるため、処分時にこのようなことが起こるとはまず考えられません。むしろ我々としてはこの新しい知見に基づき、高レベル放射性廃棄物はガラスマトリックス中に安定固化されるため現行路線での地層処分が可能であることに加えて、核変換等の技術革新・実用化など将来の状況に応じて再度取り出すことも可能という双方向性の担保、社会情勢や技術革新に柔軟に対応できる将来的オプションの多様化・拡充により、将来世代の負荷軽減につながることを期待しています。また、高レベル放射性廃棄物ガラス固化体そのものの基本的性質に対する理解を深めることは、地層処分に対する信頼性をより強化するためにも重要であると考えています。

ImPACT藤田プログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」(プログラム自体は2018年度末に終了)
https://www.jst.go.jp/impact/program/08.html

【新聞報道】
日経電子版(2017年11月6日) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23064140S7A101C1X11000/
毎日新聞北海道版(2021年1月22日) 
https://mainichi.jp/articles/20210122/ddl/k01/040/026000c

   

ガラス固化体湿式処理技術開発の概要およびその成果の一例(J. Hazaord. Mater. 2019, 362, 368-374.).